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最後の家出その2

2015/06/28 13:00

私の父方の祖母は筋金入りの意地悪ばあさんです。

おじ悪ばあさん

二言目には、はよいね!(すぐに実家に戻れの意味)っと母に言っていた。

こんな感じ。↓そっくり
鬼婆


嫁以外の家族には良い食事、母だけは見た目一緒でも美味しくないものを食べさす。

母が植えた野菜の苗を、抜いて回る。

財産目当てに来た、ろくでもない嫁、と近所にふれまわる。

その当時まだ健在だった私の曽祖父母を離れに追い出す。等の数々の悪行をこなして来た。

ちなみに財産を食いつぶしていったのはこの祖母本人ですが。。。


まあ、お嬢様育ちの母には立ち向かうことも出来ず、その場から逃げるしかなかったのでしょう。

もう、この家には戻らないと決意し、駅へ向かった。

ところが、長女(当時9歳)が母の異変に気付き、泣きながら走って追いかけてきた。

お母ちゃん行かないで~
行かないで母

我子の涙に、戻ることになった。

それから、母は60過ぎまで、明治生まれの祖母にいびられ続け、最後はボケた祖母を献身的に介護し、おくった。

もちろん、詫びの言葉も感謝の言葉も祖母は母にかけなかった。

今、母は84歳。人口透析を週2回受けながら、よれよれの身体を鞭打って生きている。

結婚してからというもの、1度たりとも自分を守ってくれなかった夫の世話をし続けている。

彼女はこの80年、幸せだった事があるのだろうか?

今少々ボケながら口に出すのは、

「あの時、○○子が私を止めたからこんな人生になった」っとぼやく。

いえいえ、決めたのは母本人ですわ。







他の記事は、こちらでも見えまーす。
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コメント

家出。

私の母も、最期の家出をしました。およそ14年前。
若いころの父母は仲が良く、お互いを気遣う良い夫婦でした。
母が食事を作れなくなり父が作って食べさせていましたがおいしくないと、
お茶碗を後ろに放り投げるなど喧嘩となります。
すでにまだら認知症でした。
心配なので毎日電話をし、ひどい時は泊りに行きます。
とある日。大喧嘩の後に、母より『離婚するから迎えに来い』。
お迎えに行って一晩泊めました。朝になると『すぐに帰る』。
送って行って父に『悪かった、悪かった、また置いてもらいます』。
次に、右手親指と人差し指をくっつけてから少し開けて
『こんな、ちっこい家やった』『へへへ』

翌年から 母は介護施設へ。
5年後、父は83歳で、亡くなりました。
母は、今年91歳で、寝たきりですがなんとか元気です。
ほぼ毎日通勤の帰りにマッサージに介護施設に通っています。

私も、母の家出。思いだしました。
宜しく。
  • S Tanaka
  • 2015-06-30 20:14
  • URL
a
b

Re: 家出。

こんにちは。コメントありがとうございます。

高齢の親のこと、それぞれありますよね~。

見守るしかないのかも。。。

これからも宜しくお願いします。


  • 伊 蝶子
  • 2015-06-30 20:57
  • URL
a
b

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